殺してもらう方法へのオネミミスト 匿名さんの所見

所見登録日:06.16 15:09

こんにちは。まだ生きていますか。
生きていたら、偉いですね。

こんな考えがあります。
「お前が死んでも何も変わらない。だか、お前が生きて変わるものもある」という言葉です。
これは、峰倉かずや先生作の最遊記という漫画に出てくる台詞です。
私はかつて、この言葉に救われました。
私は、自分から死にたいと思った事はなくても、生きたいと思えるほど人間らしくもありませんでした。
しかし、この台詞に出会って、「自分が死んでも誰も悲しまない」という、人間が自ら命を絶つ前に一度は考えてしまいそうな固定概念を覆されました。
「自分が死んで誰かが悲しんだり困ったりする事よりも、自分が生きていく上で変わるものの方がよっぽと気楽で、確かで、認めてくれる事なんだ」と気付きました。

人の考えばかりを提示しても回答した意味がないので、最後に私が感じた事も伝えます。
平均点を取れる人間もいれば、それを苦と思う人もいます。
全部100点を取れても、全部0点で笑ってる人を見て羨む完璧な人もいます。
だから、出発点が違っても、平均点すら取れなくても、生きていればそれだけで真っ当なのだと私は思います。
それでももし、生きる事に疲れてしまったのであれば、死を選択するのも致し方のない事なのかもしれません。勿論、死なないことが大大大前提ですが。

この投稿に気付くのが遅くなってしまいすみません。
綺麗事ばかりで嫌気のさす文章でしたら、尚のことすみません。
もしこの回答に気付いてくれたら嬉しいです。
そして、私を救ってくれた台詞、私の言葉で、貴方と貴方の命が少しでも大切に扱われたら、幸いです。

花マル!0

100点取れる人が0点でも笑ってる人を見て羨ましがる、そういうこともあるかもしれません。

しかし世間的というか絶対的には100点が手元にある人のほうが結局生きていく上で困らないのではと思ってしまうのです。

大卒で大企業に勤めて、実は大人の発達障害で困ってました、という人が最近メディアなどで目に留まります。

私に言わせると、同じこと。
大卒で大企業勤めなんだから発達障害であろう別に困らないだろう。そう思うんです。

0点の人間でももっと寛容になれれば良いということでしょうか


(小鳥さん / 19年06月16日 21時20分)

お前が生きて変わるものもある

それを探し続けてるような気がしました。

それに巡り会いたい。

(小鳥さん / 19年06月16日 21時31分)

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