葬儀業界がLGBTを相手にした時が本当のゴール。今のLGBT市場は「地獄の沙汰も金次第」

トピックス 14年11月05日 13時10分
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「同性葬儀」主流に。喪主となる「もう一人の旦那さん」ますます増える

法律で認められないからこそ、せめて人生の最期を送り出してあげたい。そんな同性カップルの葬儀を行う寺院や葬儀社が増えています。

長年連れ添った「旦那」を見送るのは、気丈に振る舞うもう一人の「旦那」さん。男夫婦の最期の別れが、参列者の涙を誘います。

残された同性の旦那が遺影を抱えて挨拶する姿を、あなたは想像できますか?

さて、同性婚が行える式場が増えている、というニュースを朝日新聞が11月3日伝えました。喜ばしい気持ち半分、違和感半分。
そりゃ、少子化ニッポンの今。金払えば犬だって、2次元の嫁とだって結婚式できるさ。これまではできなかったって?そりゃ札束が足りなかったってことに気付きましょうよ。



作られる既成事実と遠のく性的少数者の社会参画



同性婚いらっしゃい 増える式場、ゼクシィも実例紹介

法律で結婚が認められないからこそ、式だけでも挙げたい。
そんな同性カップルを受け入れるホテルや式場が増えている。後押ししているのは同性婚を認める海外の流れだ。
国内では、実生活で法律婚と同等の権利が保障されていない。式を挙げやすくなったのは、ささやかな一歩だ。
http://www.asahi.com/articles/ASGBB4K9VGBBPTIL00R.html


このニュースを目にして真っ先に思いました。
「同性結婚式だとかパレードやってるから、これで十分でしょ?これ以上何を求めるの?」

そういう世論が形成されることが、実はとても怖くてなりません。

目に見える結婚式やパレードなどのイベントごとは派手な分、メディアにも取り上げられやすいです。ただ、そういった情緒的な取り組みを社会が許容することと引き換えに、本当の意味での性的少数者への理解や社会参画が遠のいてはなりません。もしそうなれば業界や社会の思う壺。もてはやされたLGBTがバカだった、ということになってしまいます。

ネット上に残ったそれらニュースを山ほどプリントアウトされて、「こんなにもLGBTについて認めてきたのだから、これ以上社会に要求しないで」と、言われないかヒヤヒヤしてしまう僕は、小心者でしょうか。


10年で半分!需要喚起に燃えるブライダル業界


まずはこちらをご覧ください。


経済産業省特定サービス産業実態調査より(作図は当サイトにて)
http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabizi/index.html


この「特定サービス産業実態調査」において、結婚式場業と葬儀業の調査を毎年行っているわけではないため、飛び飛びとなっています。(動態調査の方は毎年行われているようです)

平成14年に1兆16億円分の結婚式が行われたのに対して、平成25年は5,146億円と約半分に減っています。こういう状況ですから、ほっといてもブライダル業界は新しい顧客層を開拓していくことでしょう。件のニュースを目にして「ブライダル業界がLGBTを相手にしてくれた!万歳!」と思った方はとても幸せな方。

ブライダル業界に限らず、金がある(と思われる)層を育てて、稲刈りのごとく収穫していくのが正しい営業マンです。


右肩上がりの葬儀業界が、性的少数者を取り込み始めた時が本当のゴール


逆に上り調子なのが「葬儀業界」です。
平成14年に7,800億円分お葬式をしましたが、平成25年には2兆1,584億円と、約10年で3倍弱と急成長しています。

少子高齢社会に突入した日本で、やはり高齢を迎えるLGBTが多くいることは想像に難くありません。

「生前はひとかたならぬご厚誼にあずかり、今ここに最後のお見送りまでいただきまして、故人の太郎もさぞかし皆さまのご厚情を感謝いたしているここと存じます・・・」
と、残された旦那さんが遺影を胸に語るシーン、想像できますか?

内心気持ち悪いと思いながらも口には出さず、面倒くさい家族との折衝、体面を気にしながら葬儀会社があれこれやってくれるでしょうか。「うちでは同性が喪主の葬儀はできません(断ってもお客さんはいっぱいいるし」
これが右肩上がりの葬儀業界の本音・・・ですよね?


死に目に会えない、親族席にも座れない。喪主なんてもってのほか。病に倒れても相方がそばにいない病室


今の日本では、同居している同性カップルはいうなれば「ルームシェア」に過ぎません。
ですから、家族手当もつかなければ、急病で倒れても付き添うことはできません。
病に倒れ集中治療室で心細く薄い意識の中、相方の声すら聞けない無念。
生命保険はもちろん受け取れず、お葬式にも友人として参列するのみ。
思い出が詰まった相手名義のマンションからは、出ていかなくてはなりません。
位牌を手元におくことができずに、好きで一緒になった相方と同じお墓に入れない。

どれもこれも、結婚しているご夫婦ならばごく普通に享受できることばかり。
仮に法律の合間を縫ってそれらを享受できるようになったとしても、今度は親兄弟と、お互いの家族のこともあります。そこには法律では片付けられない、心や気持ちの問題がついてまわります。


同性愛者と明らかにした上で、いくら稼げる?


「性的少数者・LGBTが認められ社会参画できる」とは、つまりそういうことだと思うのです。

同性愛者と明らかにしていくら稼げるのか。それは金銭だけではなくて、先に書いた通り、異性夫婦ならば享受できる各種サービスも含みます。

お金を払ってサービスや物品を受けとれるのは、いわば当たり前のこと。そこにLGBTであるかどうかは本来関係ありません。

そうではなくて、LGBTであったとしてもきちんと稼げる社会、すでに支払っている(またはこれから支払う)税金等に対して、異性夫婦と変わらないサービスを享受できることが、真の意味での「性的少数者の社会参画」だと思うわけです。

そして、それはLGBT・性的少数者に限った話ではないことは明らかですね。


そうは言っても、LGBTに目が向けられることが初めの一歩


パレードに参加したり、それこそ結婚式を挙げられる同性カップルはごくごく一部。
件のニュースを目にした時もうれしい気持ちで一杯になり、「いつかは俺も」と思ったりもしました。どんどんと広がり続けていくことに大賛成です。

ただ、目立つ層に隠されて、大多数の「隠して生活している性的少数者」やそれが理由でいじめにあったり、社会生活もままならない性的少数者がいることを、僕は忘れたくありません。


こちらも勉強になりました。

ビジネスとしての「LGBT市場」に感じる違和感
http://allabout.co.jp/gm/gc/445164/2/